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ヨランダ

福岡からメールが一通。僕にとって姉のような存在である裕子さんから久しぶりの連絡がありました。ホームページを作って、そこに僕のことを載せたので…ということでした。実は、裕子さんの新しい門出を祝って書いた曲が「ヨランダ」なんです。ともかく時間がなくて急いで書いたなー。当時は世田谷のクリーニング屋の二階に住んでて、出来上がった曲をMDに録音してコメントもつけて速達で送った記憶があります。裕子さんはことの他喜んでくれて、それからしばらくして立ち上げた自分の会社の名前を「ヨランダオフィス」と名付けてくれました。

ヨランダの出だしの歌詞は「いろんなことがあるけれど僕はまだ大丈夫」というんですが、はっきり言ってこれは姉・裕子への強がりというか、甘えというか、そういうところから出たフレーズですね。本当に甘えてばかりで、よくケンカもしました。ヨランダオフィスも9周年。僕にも今も変わらず「いろんなこと」はありますが、今は「いろんなことがあって正直大変やけど、何とかやりよるよ。歌うしかできんし、それやったらできるけん。また名曲ば作って送ります。待っとって」という感じです。…あいかわず甘ったれですかね。


ヨランダ
詞曲 谷口崇


ヨランダ いろんなことが
あるけれど僕は まだ大丈夫
大袈裟な ことは何もない
君さえいれば それでいい

空を飛ぶ翼もなく 星を見る器用さもなく
春を待つ我慢強さもないけど
まず君が どうしたら笑ってくれるんだろうと
いつまでも いつまでも 考えていられる

ヨランダ どういうわけか
嬉しいけれど 涙が出る
僕に 選ばせてほしい
君を彩る 思い出を


風を追う速さもなく 胸を射る言葉もなく
寄りかかるしなやかさもないけど
ただ君が どうしたら笑ってくれるんだろうと
いつまでも いつまでも 考えていられる

ヨランダ 瞳を閉じて
そのまま眠って しまってもいい
眼が覚めても 横にいること
この歌に誓おう 愛してる

いつまでもずっと 君のそばに

GW

ここ数年は豆にマイカー帰省してます。たった今も6時間ハンドルを握って川崎に戻ってきました。昔から長距離運転はまあ得意なんですが、さすがにヘトヘトです。GWは息子をいとこ達に会わせられる貴重な休暇。なんて言いながら、手づかみで魚採ったり、裸足で鬼ごっこしたりと、息子ではなく僕が率先して遊んでいた気もしますが、ともかく最高のGWになりました。さーて七夕に向けて準備を始めようと思います。コメントの書き込みありがとう!

50年

何の瞬間か忘れたけど、ある瞬間のTVの中の学者のコメントがこうでした。「言ってみればこの50年、日本は比較的簡単に安い値段で様々な食料を手に入れることができたが、そのような幸せな時代は終わったと考えるべきでしょう。」

今夜の夕食
ご飯、豚汁、アジの干物(GW土産)、豆腐ハンバーグ(できあい)

まぶたがプールから上がった時のように重いです。

云々

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◯新しい写真がない。ので、意味もなくステンドグラスにしてみる。新しい写真撮んなきゃ。

◯んー。ここ最近暑いから網戸にしてるんだけど、さっきからとなりの家の部屋が窓から覗けてしまう。…おっさんだ…。南伸坊に似てる?向こうからも僕の姿は見えてるはず…「小さいおっさんか…」と思われているかも。最近引っ越してきたのかなー?

引っ越しかー。僕みたいな歌歌いは、もし敷金・礼金・仲介料制度がなかったら、日本全国いろんなところに住めるんだけどなー。家族には迷惑か。ちなみに僕は今までに10回程引っ越ししました。今の家はもう5年程住んでいて、これは長い方。そろそろ次かな。

日本という国にいる以上は土地に縛られて生きるしかない。暴論だけど、ここからはうちの土地、あの線から向こうはよそ様の土地、なんて考えだと、この街は僕らの街、みたいな発想には至らんのやろう。

◯「クロスFMが新しい会社に譲渡後、清算、放送は新会社にて継続」というニュース。毎日が音楽100%だった二十歳の頃、「何か新しいFMが出来るらしいばい」という噂をきいて、ワクワクしながら試験放送をきいた記憶。伝説の番組北野クラブにデビュー前に出演できたこと。さらにはヘビーローテーションにしてもらったこと。カウントダウンイベントで歌えたこと。数年後、番組を持てたこと。クロスFM自体もスタッフやDJの人もリスナーも変わりなく続いていくんだろうけど、遠い川崎にいる僕にとっては、紛れもない終わりのひとつ。お世話になりました。

虫眼

3歳の息子は最近「虫眼(注)」が育ってきたのか、玄関を出て車に乗るまでに少なくとも2回は道にしゃがみこむ。たいてい蟻かダンゴムシのどっちかです。そんな息子に僕もなるべくつられてしゃがみこむようにしてるんですが、不思議なもんで「何かをじっと見る」という虫眼を数回働かせるだけで、小学生の時のようにいろんなものを「発見」してしまう能力がよみがえってくるのです。こないだはツツジの花が雨粒にまみれてるのを「発見」しました。ツツジの花の色って、他にないよね。

話は変わり、朝、家族を送る時にだいたい駅を経由します。そこで時々地区の議員さんが拡声器を持ってしゃべってることがあります。それでたまたま時間に余裕があった時に、わざわざ車を停めて議員さんの前まで言って何をしゃべってるのか聞いてみました。勿論朝のラッシュ時なんで、そんなふうに立ち止まって聞いてる輩は僕ひとり。だから行き交う人々の視線が僕に向いても不思議じゃなかったんだけど、そんな人もなく。僕と僕よりも4つか5つ年上の若手議員さんの間には、非意識な通勤者の川が往々と流れていました。

で、その若手議員さんは自民党だったんだけど、例の暫定税率を元に戻す理由をとにかく怒って説明していました。よほど風当たりが強いんだろうな。実際通りがかりのおっちゃんに「無駄遣いするな!」と一喝されてたしね。しかし、何もそこまで怒らなくてもなーというくらいエキサイトしてました。最後の方には恨み節まで入ってきて、「みなさんがそれでいいと言うならいいんですよ。でも他に財源はどこにもないんですよ。」。どうもこの後、国会で野党側と対決しなきゃいけなかったらしく、戦の前の何とやらで気合いが入ってたみたいでした。

もし若手議員さんが今でも虫眼で何かをじっと見るような心を持ってるとしたら、次はガミガミじゃなくて、子供の時にどんな遊びをしたかとか、どんな夢を見てたかとか、そういう話をしてほしいなあ。どんなことを「発見」したとかさ。僕はそんな話こそ政治や治安や国を憂う気持ちに繋がると思ってしまうのやけど。

ま、そういう僕もあんな忙しい通勤ラッシュ時の駅で歌歌えなんて言われたらガミガミやっちゃうかもしれんな。


(注)養老孟司と宮崎駿の対談「虫眼とアニ眼」より

最近の傾向

トイレ、ベッドの脇、手提げ袋の中、作業部屋、TVの上、パソコンの前。

それぞれの場所に読みかけの本を置いています。全部で6冊ほど。いつからか複数の本を同時に読み進めるという変な読書習慣になってしまいました。調べてみるとこういう並列的な読書法をすすめた本もあるみたいで、まあその本のことは知らないけど、僕のはただのなまけ読書というか、使ったものを何でもそこに置いておくから、読みかけの本をどこに置いたか忘れてしまうので、その場に本があると都合がいいだけなんです。どうもすいません。

そんなわけで、生まれて初めての図書館通いをしています。最近の傾向としては、興味をそそるキーワードが見つかるとまずネット上でそれを調べます。調べていくうちにお目当ての本を見つけ、その書評などから、さらに関連あるキーワードで本を見つけ、それをまたネットで調べて、なんてことを続けて数冊を選び、それを川崎市立図書館サイトで蔵書があるとかないとかを調べて、そこでやっと身体を動かして図書館に赴きます。うちの近くの図書館がとても暗くて長い時間本を探すのはしんどいというのが入念な下調べの最大の理由ですが、慣れてきたら図書館の人(司書?)に話してみて調べてもらったりするのもいいかなと思います。カウンターに7、8冊持っていって借りる時には、レンタルビデオに慣れてるせいか、こんだけ借りてただ!と今だに毎回得した気分になるもんです。


ちなみに今読んでる途中の本は、
 トイレ⇒「夜中の薔薇」向田邦子著
 ベッドサイド⇒「菜の花の沖<5>」司馬遼太郎著
 手提げ袋の中⇒「仏教が好き!」河合隼雄・中沢新一著
 作業部屋⇒「ねじまき鳥クロニクル第一部」村上春樹著
 TVの上⇒「知の編集術」松岡正剛著
 パソコンの前⇒「ポロポロ」田中小実昌著
です。一貫性がないねー。


ちなみに今よく聴いてるCDは、
 「CROSBY NASH」David Crosby Graham Nash
 「Mercury Falling」Sting
 「Star Turtle」Harry Connick, Jr.
 「少女」五輪真弓
 「One Man Band」James Taylor
 「Whole New You」Shawn Colvin
です。若々しくないねー。


ちなみによく不安に思うことは
 「月曜日の天気」
 「誤審」
 「ボキャブラリー」
 「バネ指」
 「募金箱」 
 「あ、何かこれってアフィリエイトねらいみたいになってないか?」
です。なんのこっちゃねー。

LIV情報

お伝えしていた7/7のワンマンライブの前にひとつ、イベントに出ることになりました。前哨戦のような、リハビリのような。イベントものに出るのは本当に久しぶりなんであがってます。関西ではおなじみの在大阪十三・酒井ヒロキも急遽参戦。平日ですがぜひ。今の時点でわかってる情報をアップしておきます。

公演名:アコギナヨル
日時:6月3日(火)OPEN 18:00 START 18:30
会場:東京 表参道 FAB
出演:谷口崇、酒井ヒロキ 他
チケット:前売り ¥2,300 当日 ¥2,500(共にドリンク別)

6/3イベント詳細 追加!

■公演名:アコギナヨル
■日時:6月3日(火)OPEN 18:00 START 18:30
■会場:東京 表参道 FAB http://www.fab-web.net/
■出演:谷口崇(4番手、だいたい20時30分くらいから30分間)、 酒井ヒロキ(1番手、だいたい18時30分くらいから30分間)、他
■チケット:前売り ¥2,300 当日 ¥2,500(共にドリンク代¥500別)
■メール予約(FAB):メール予約用アドレス yoyaku@fab-web.net 宛に、
公演日、お名前、予約枚数、電話番号の4項目をご送信ください。
予約が完了しましたら、予約番号をご返信致します。
尚、ローソンチケットでも販売致します。
Lコードは、76551です。
チケットをお持ちの方からのご入場となりますので、
早めにご入場されたいという方は、FABのメール予約でなく
ローソンチケットでお買い求め頂いた方がいいかと思います!
※ttnetでの予約は受けておりません。
■問い合わせ:表参道FAB/03-5772-8566
13:00〜21:00の間で受け付けています。

3日日記

土曜日。
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川崎フロンターレのホームゲームを等々力競技場で今季初の観戦。が、信じられない敗北(日本最長記録の56mフリーキックを入れられてしまう)。でも、観に行かずにTVで負けを知るより、目の前で負けを知る方がずっと気持ちは治まるもんやな。試合終了後、疲れきった選手達がサポーターに挨拶をしに集まると、温かい拍手が。サッカーの試合と比べられるもんじゃないけど、ああゆうふうに全力を出し切ってライブをやったことってあるかなー…。写真は帰りに僕の前を行く親子サポーター。2連敗だけどそこまで肩落としてないぜ。


日曜日。
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近くの公園にて木登り。プロフィール(デビュー当時)に「特技・木登り」と載せたことがある父を持つ以上、これぐらいは登ってもらわないと。最近は遊び方が男の子っぽくやんちゃになってきた。しかし木登りできるような木が近くに少ない。そのせいか木登りしてる子もあまり見ない。佐賀にはくすの木がいっぱいあった。幹は手が回せない程太く、表皮もぽろぽろ剥がれるから登りにくそうなんだけど、不思議と登れちゃうんだな。毛虫もいないし。県庁の前のお堀の淵にあるくすの木。今も近くの小学生が登ってるはずだ。


月曜日。
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ラブハンを支えるドラマーの菅ちゃんの誕生日会ということで、台風接近にも関わらず夜遅くにお邪魔する。僕はアドバイスを受け「スコーン」を自ら焼いて進呈。好評を得る。この日はラブハン班中心の集まりで初対面の方が大勢いたんだけど、何と言うか、その場の雰囲気がとても温かく、癒されました。ラブハンも菅ちゃんも尼崎。ここ数年の僕の関西方面気質への馴染みぶりを再確認する。何でか知らんが落ち着くんよね。今回は車だったので呑めんやったけど、次回は是非。

ライブふかどん

前述のブログで、ここいらには木登りできる木が少ないと書きましたが、少ないけどよく見たら少しはちゃんとありそうです。木登りする気がなかったみたい。

さて来月3日(火)にイベントに出演した後は、14日(土)に同じ会場でSHUUBI仕切りのイベント「flower voice」がありまして、そこでホスト役のSHUUBIのステージをサポートさせてもらいます。コーラスもするんですが、目の前にマイクがあるとついつい歌ってしまいそうになります。お時間がある方はぜひ!

そして、7/7(月)のワンマンライブですが、昨年秋に大阪やった時と同じく、ギターに酒井ヒロキ、ドラムに岸田きしやん年雅を迎え、ベースレス3ピースバンドでお届けします。その名も「谷口崇7/7LIVE2008〜ライブふかどん」。詳細は近日アップです。


注)ふかどんとは、打ち上げで呑みにいく大阪十三にある大衆居酒屋の名前。

ライブふかどん詳細

■公演名:谷口崇7/7LIVE2008〜ライブふかどん
■日時:7月7日(月)OPEN 18:30 START 19:20
■会場:東京 新宿 SACT! http://www.sactsow.com/sact/
    新宿駅からの行き方はコチラ
※ちなみに最近できた副都心線や大江戸線の駅がある東新宿駅からだと徒歩3分ほどです。
■出演:ふかどんメンバー
    谷口崇 vocal, A-Guitar
    酒井ヒロキ chorus, E-Guitar
    岸田きしやん年雅 chorus, drum
■チケット:前売り ¥3,000 当日 ¥3,500(共にドリンク代¥500別)
■メール予約:reserve@takashitaniguchi.net にて5/25より開始
■問い合わせ:SACT!/050-7510-5158

ttnetでチケット予約を希望される方は、
 ・希望されるライブ公演名
 ・名前
 ・フリガナ
 ・チケット予約枚数
 ・連絡先(メールアドレスか電話番号)
 を必ず明記の上、チケット予約受付専用メールアドレス reserve@takashitaniguchi.net にメールを下さい。当日会場での精算となります。

うれしいこと2(我那覇選手の裁判について)

我那覇選手のドーピング禁止規定違反の処分取り消しを求めた裁判の経緯です。ニュース記事はリンクを貼るといずれ消えてしまうので、覚えておきたいのもあり、細かいけどペーストしてみました。興味があれば読んでみて下さい。


2007年
4月23日 練習後、我那覇がチームドクター(当時)から点滴を受ける。


4月25日 「記事」ロイター通信
 サッカーのJリーグ1部川崎フロンターレ所属のFW我那覇和樹(26)が25日、ドーピング(禁止薬物使用)に関する規定に違反したことが明らかになった。インフルエンザを患っていた我那覇は23日、クラブの医師から、「にんにく」の静脈への注射を受けたが、これがJリーグの規定に反した。我那覇が受けた点滴に禁止薬物は含まれていなかったが、国際サッカー連盟(FIFA)の規定に沿う形でJリーグも静脈への注射を禁止していた。処分については、Jリーグの反ドーピング特別委員会による審議で決定するが、我那覇は処分が決定するまで試合出場を自粛することを決め、25日のアジアCL、全南戦も欠場した。


5月8日 Jリーグが点滴をドーピング禁止規定違反と認定。我那覇に出場停止6試合、川崎に1000万円の制裁金を科す処分を発表。


5月18日 Jリーグ全クラブのチームドクターが連名で質問状を提出し、点滴はドーピングに当たらないと主張。

     
8月7日 現場の医師が正当な医療行為と判断した点滴については許可申請が不要とJリーグが全クラブに通知。


11月5日 チームドクターが処分取り消しを求め、日本スポーツ仲裁機構に仲裁申し立て。

    
11月12日 Jリーグが申し立てに同意しないと表明。仲裁は不成立に。


11月14日 「記事」日刊スポーツ

 川崎FのFW我那覇和樹(27)が13日、ドーピング規定違反でJリーグから科された処分の取り消しを求め、第3者による仲裁を熱望した。同問題にかかわった前チームドクターが、日本スポーツ仲裁機構(JSAA)に仲裁を求めていたが、Jリーグが合意せずに不成立。しかし、我那覇は仲裁の場で決着させたいと、涙を流しながら初めて意思表示を行った。
 突然の告白だった。我那覇がこの日の練習後、心境を打ち明けた。
 我那覇談「自分の気持ちとしては、仲裁の場で真実を明らかにしたい。チームが僕のことを思って、(問題を)終わらせたいのは分かるけど、サッカー選手を引退した後、汚名を抱えたまま生活していくのは苦しいですから。」
 後藤前チームドクターが、JSAAに処分の取り消しを求める申し立てを行っていたが、12日にJリーグは「本件はJリーグと(制裁を科した)我那覇選手、川崎Fとの間で解決済み」として仲裁申し立てに合意しないと回答。川崎Fは事前に本人の意思を確認し、処分を受け入れて、事態を収束させる方向でまとまっていた。だが、我那覇は「納得できないでモヤモヤしていた。この場で言わないと、一生後悔すると思ったので発言しました」とコメント。12日午前に、チーム側に意思を伝え、マネジメント事務所関係者を交えてクラブハウスで会談していた。
 川崎Fは7日に、仲裁申し立てをしない理由を公表。申し立てた場合、国際サッカー連盟(FIFA)、世界アンチドーピング機構(WADA)から我那覇に独自の追加処分(出場停止1~2年)が下される可能性があるとし、我那覇のために、リスクを避けると説明してきた。
 しかし、我那覇は「僕はそれ(出場停止)を覚悟してやっていきたいと思う。チームと対立はしたくない。チームが意見を聞いてバックアップしてほしい。もう1度、仲裁の場があればいいし、白黒はっきりさせたい」と続けた。話しているうちに涙を流し、声を詰まらせながら、自分の考えを絞り出した。
 我那覇の代理人と、クラブ首脳はこの日午後に会談を持った。しかし、我那覇側が具体的にどういうアクションを起こすか結論は出ないまま。方向性が決まり次第、クラブ側が対応を協議する。前チームドクターの個人的な名誉回復に転化していたと見られていた問題が、我那覇の発言で急展開する可能性が出てきた。


11月15日 参院文教科学委員会でこの問題が取り上げられる。

 
11月21日 Jリーグ、日本サッカー協会が文科省に事情説明。


12月6日 我那覇が処分取り消しを求め、第三者機関への仲裁申し立てを表明。


12月6日 「記事」iza

 J1川崎のFW我那覇和樹(27)が5日、東京都内で記者会見し、「自分はサッカーを裏切ることをしていない。真実を明らかにしたい」と訴え、ドーピング禁止規定違反で処分を受けたことを不服として第三者機関に仲裁を申し立てる意向を表明した。我那覇は日本スポーツ仲裁機構を希望している。ただ、Jリーグ側はスイス・ローザンヌに本部を置くスポーツ仲裁裁判所(CAS)に申し立てれば、仲裁に合意する意向を示しており、今後の調整が必要になりそうだ。
 我那覇との一問一答は次の通り。
 「5月8日に処分をうけてから今日まで状況の変化があった。自分としては終わった問題ではなく自分が受けた治療が果たしてドーピングなのか真実が明らかになってほしい。自分はサッカーを裏切るようなことはしていないし、家族やサポータに胸を張ってサッカーを続けてやれるよう真実を明らかにしたい」
 --今の心境は?
 「いろいろ考えた。家族にも相談し不安がないといえばうそになるが弁護士さんを信頼するしかない。1日も早くすっきりしてプレーしたい」
 --心境の転換期は
 「チームからは『終わった問題として前向きにに理解してがんばっていこう』といわれたが、自分がドーピングしたとはとても思えなかった。(元チームドクターの)先生の申しだてが門前払いされて最後は自分がこういう形でやるしかないと(思った)」
 --家族は何と
 「最近、息子が『(将来は)サッカー選手になりたい』といってくれて息子のためにも胸を張ってやっていきたい。妻からも最初から信用してもらい応援もしてくれていて『一緒にがんばろう』といってくれた」
 --前ドクターの(処分の取り消しを求めた仲裁の申し立て)行動に対しては
 「前ドクターはチームメートから慕われ一生懸命(体を)みてくれてとても感謝している。自分への処置は決してドーピングでなかった。今回行動を起こしてくれてありがたかった」


12月13日 我那覇とJリーグがCASでの仲裁に合意。
  

2008年
4月30日 CASが聴聞会を開催(5月1日まで)。


5月27日 CASが我那覇の申し立てを認める裁定を発表。

「以下記事」時事通信
 サッカーの元日本代表FWでJリーグ1部(J1)川崎フロンターレの我那覇和樹選手(27)が、Jリーグから科されたドーピング禁止規定違反の処分取り消しを求めスポーツ仲裁裁判所(CAS、本部スイス・ローザンヌ)に申し立てた仲裁で、CASは27日、「我那覇の行為はいかなる制裁にも値しない」と我那覇側の主張を全面的に認め、出場停止6試合の処分を取り消す裁定を下した。また、Jリーグには我那覇が負担した弁護士費用などのうち2万ドル(約210万円)を支払うよう求めた。
 我那覇は昨年4月、風邪で体調を崩した際に当時チームドクターだった後藤秀隆医師から禁止薬物を含まない生理食塩水200ccの静脈内注入(点滴)を受けた。Jリーグはこれをドーピングと判断、我那覇に公式戦の出場停止、川崎に制裁金1000万円を科した。
 CASは裁定の中で、後藤医師の治療は2007年の世界反ドーピング機関(WADA)規定に照らして正当な医療行為と認定。また、Jリーグが「適切な医療行為」の基準について詳細な条件を明示していないといった手続き上の不備も指摘。その上で「違反があったかどうか判断する必要もない」とした。
 裁定を受けて我那覇は、「最高の結果を得られてうれしい。自分を信じてやってきて本当に良かった」とのコメントを発表。記者会見した我那覇の弁護団は「正当な判断が下されたのは当たり前とはいえ、有意義なことだ。Jリーグは我那覇や後藤医師に償い、名誉回復をしてもらいたい」などと述べた。

読売新聞
「本当にいい結果が出てよかった」−−。27日に出たスポーツ仲裁裁判所(CAS)による裁定で、ドーピング禁止規程に違反したとして出された出場停止処分が取り消されることが決まったJ1川崎フロンターレの我那覇和樹選手(27)。
 日本のサッカー選手がCASで争う初の事例として注目された今回のケースで、元日本代表のストライカーは、望み通りの裁定を受け、静かに喜びを表した。
 「長く苦しい道のりだった」という言葉通りの1年だった。風邪の症状の緩和のために点滴を受けたことが違反と判断され、公式戦6試合出場停止となったのが昨年5月。処分は受けたが、その後、日本アンチ・ドーピング機構の会長が条件付きながら、「違反とはみなされない」との判断を示していた。
 処分取り消しを求めて提訴しても、再び「クロ」と判断された場合は、出場停止期間が延びる危険もあったが、我那覇選手は昨年12月、第三者機関への仲裁申し立てをする意向を表明した。理由は、「サッカーを始めた息子のためにも胸を張ってやっていきたいので」。先月30日から東京で2日間行われたCASの聴聞会では、「サッカーを裏切ることはしていない」と英語でスピーチして、申し立てを認めるよう訴えた。
 国内ではなく、CASでの判断となったことで、通訳代などがかさんだが、ファンによる募金などの支援も得た。「周りの人たちのご支援のお陰でここまで来られた」。我那覇選手の言葉に、実感がこもっていた。

毎日新聞
 CASの裁定を受け、我那覇側代理人の弁護団4人が27日、東京都内で記者会見した。弁護団長を務める望月浩一郎弁護士は「我那覇選手の潔白が明らかになり、大変有意義な決定だ」と評価したうえで、「選手本人の名誉回復措置など、裁定結果を尊重して誠意ある対応をしてほしい」とJリーグに求めた。
 弁護団は、ドーピング(禁止薬物使用)違反に関するJリーグの規定が「あいまい」と指摘。選手会やチームドクター、外部有識者の意見を踏まえて明確に規定するよう要求した。また、「我那覇側の言い分を十分に聞かず、一方的に処分を決めたり、弁明の機会について事前に告知しないなどJリーグの組織としてのあり方にも問題があった」などと批判した。弁護団の一人は「刑事裁判で言えば無罪と同じ。えん罪という表現もできる」と厳しい口調で語った。
 弁護団によると、我那覇は今回の裁定と日本代表のパラグアイ戦が重なり、「試合に水を差したくない」との理由で記者会見への出席を辞退した。また、せめて裁定の発表時間を試合から遅らせるよう、CASに連名で要請することをJリーグに打診したが、断られたという。
 一方、昨年4月、我那覇に静脈内注射を施した川崎チームドクター(当時)も個別に会見した。「当然の結果が出て良かった。自分が受けたプレッシャーの何倍も感じながら立ち上がった我那覇選手の勇気に感謝したい」と話した。

時事通信
 スポーツ仲裁裁判所(CAS)の論理は単純明快だ。点滴は後藤医師のプロとしての専門的な診断に基づいて行われた。それは当時の世界反ドーピング機関(WADA)規定に照らすと正当な医療行為に該当する。極めて明確に認定した。
 だが、法治国家の常識では当然の結論を得るのに費やした時間は1年以上。しかも、CAS裁定という最終手段によってもたらされた。ここに日本サッカー界が抱える問題の本質がある。
 Jリーグは2007年のWADA規定改定を把握していたのだろうか。後藤医師が起こした日本スポーツ仲裁機構(JSAA)への申し立てを拒否した本当の理由は何か。CASは、我那覇が支払う弁護士費用などの一部をJリーグに負担するよう求めた。そんな疑問を微妙に感じ取ったからこそ、Jリーグに苦言を呈したのだろう。
 後藤医師は、JSAAへ仲裁を申し立てるに当たりチームドクターの職を失った。我那覇は、チームの当初の意に反する形でCASへの提訴に踏み切った。代理人の一人、上柳敏郎弁護士は「ここまでこれたのは日本サッカー界の力。周りの人からいろいろな協力を頂いた。そういう人たちがサッカーを作っていると思う」と話した。
 今回の争いで完敗したJリーグは、コメントさえ出さなかった。望月浩一郎弁護士は「Jリーグは理性も知性もあると信じている」と述べた。Jリーグと日本サッカー協会は、この強烈な皮肉をどう聞くのだろうか。

うれしいこと1

まあこういうことは歌を歌ってるやつのブログとしては書かなくていいことなんだけど、とてもうれしいことなので書きます。ニュースなどで知ってる人もいると思うけど、川崎フロンターレ所属の我那覇和樹選手が昨年Jリーグからドーピング禁止規定違反で処分を受けた問題で、スポーツ仲裁裁判所が我那覇選手の訴えを全面的に認める裁定を下しました。内容はコチラをご覧になっていただきたい。

僕はこの事件(あえて事件と書きます)を一年前のドーピングの疑いがかけられた当初から、どう考えてもJリーグの判断は間違っているとしか思えませんでした。お前が何を知ってるんだと言われるかもしれないけど、Jリーグにそこそこ関心があってネットや新聞雑誌で情報を得ていれば、まっとうな人間なら僕と同じ感想をもったはずです。Jリーグは我那覇と我那覇本人に点滴を施した当時のチームドクターの意見を本当にまったく意に介さず、強引に処分を科しました。Jリーグ全チームのチームドクター全員が連名で不当性を訴えても、その一方的な態度は変わりませんでした。当時はJリーグだけでなくFIFA(国際サッカー連盟)までも我那覇の処分を認めていました。我那覇は代表に呼ばれなくなり、チームドクターは責任を負ってチームを離れます。それで事態は収束しかけました。僕はといえば(世界の端から)言いようのない無力感を感じるしかありませんでした。それでも我那覇は「サッカーを裏切るようなことはしていない」と、我那覇自身に莫大な費用やリスクがかかるCASでの仲裁を申し込み、一年という長い年月を耐え忍んで、今日こういう結果が出たわけです。

先日観戦した等々力競技場の近くで「ちんすこう募金」と銘打って我那覇選手を支援する募金が行われていました。少ないながらもお金を渡し、かわりにちんすこうをもらいました。裁判にかかる費用の足しになれば、なんてことじゃなく、僕自身この件に関して傍観者でいたくなかった。もちろん募金したくらいで当事者づらするつもりはありません。ただ小さいながらも自分が感じた無力感に何か違った形が出ることを自分のこととして受け止めたかったんです。

ここまで書いて、この事件はやはりここで話題にするようなことではない気がしますが、でも今日の裁判の結果は本当に心の底からうれしかった。胸のつっかえがとれた。もやもやがはれた。一年も前の、しかも自分のことじゃないんだけど、こんなにもすっきりするものなのか。誰もと同じように、僕も今までたくさんもやもやを感じて生きてきました。どんなに昔でも、どんなに奥に刺さった小骨でも、自分を信じてもがいていれば、いつかはとれるものかもしれないですね。そう考えると今までどれだけのもやもやがあきらめられて、しみになってしまったのか。ともかく今日はとても嬉しいことがあったことを報告させて下さい。ビールの味がまた格別です。

よくもまあデビューとか

さっきライブのために作ったCD-R(自作集)のチェックをしてて、本当に久しぶりに自分の歌を聴いて、それまで思ってたものと違って聴こえたというか、とても新鮮でした。
今までだとだいたい「あーすればよかった」とか「ここは今ならこう歌わない」とかそんなふうに聴いてしまっていたのですが、さっき聴いた時は「何だコレ?」とか「アホだなーハッハッハ」とか、そんなふうに自分の歌を聴けたのは初めてで、それはそれでいいことだと思う。

ソングオブラブを出すあたりだったと思うけど、当時のリハーサルでの出来事で時々思い出すことがあります。
僕以外のメンバーが即興でブルースじみたセッションを始めたんで、僕もギターでそれにのっていこうとしたんだけど、どうもそれが見当違いのノリだったようで、次第に演奏もギクシャクし始め、そのうちメンバーもクスクス笑い出し、僕はといえばなぜ笑われているかもわからず…それで年甲斐もなくかんしゃくを起こしてしまった…まあそんなたわいもない出来事なんですけど、さっき自分の昔の音源を聴いてた時にそのリハーサルのことを思い出し、あれ?ひょっとしたら今だったらうまくのれるかもなー…なんて思ってしまいました。何の根拠もありませんが。
ということで、
実は今度の7/7のワンマンの時に昔の歌を歌うのをとてもためらっていたんだけど、さっき新鮮な気持ちになれたんで、ちょっと練習してみます。

しかし自分で言うのもなんだけど、こんだけ何て歌ってるかわからない歌い方でよくデビューとかできたなー俺。