おてんと様
2008 年 9 月 28 日 日曜日さっき庭に白猫が迷い込んできた。寒いから窓は閉めっぱなしだったんだけど、その窓の向こうで目が合った。人と目が合うよりも、猫と目が合ったほうが、何かとても深く目が合った気がする。それはこっちが少し焦ってしまうくらい。言葉を添えようがないからか。誰か(特に女性)と目が合うと「いや別にやましい気持ちで見てたわけではないんです」と言い訳がましいことを言いたくなるからか。いや女性は別として、ともかく白猫と夜目が合うというのは奇妙な感じだ。
うちにチワワがいるんだけど、その子はなぜか僕の仕事場だけでそそうをする。つまりオシッコを、時にはウンチもする。トイレシート以外で用を足すのは、散歩中か僕の仕事部屋だけ。だからこっちも部屋の入り口に柵を取り付けて、風を通すためにドアを開けたい時もその子が勝手に入ってそそうしないように対策をしている。だけどつい柵をし忘れてしまった時は必ずほぼ間違いなくされる。この間ライブが終わって深夜に帰宅して後片付けしてた時、柵を締め忘れたたった3分の間にされた。なぜだ。なぜ僕の仕事部屋だけなんだ。これじゃ「自分ではなかなかいいステージだったと思ってるかもしれんけど、あんまり思い上がりなさんな」と言われてるようである。「お前の仕事なんかウンチみたいなもんじゃ」と言われているようである。そこまではないか笑。
「おてんと様が見ているぞ」という訓戒が昔は身近にあった。今のニュースや新聞を見れば、もはやその教えは滅んでしまったと思うしかない。僕は曲をひとりで作るから、曲ができるのはたいてい誰も見ていない時だ。いや誰も見てないわけではない。考えたら、うちのチワワはたいてい僕がひとりアコギを鳴らしてあーだこーだやっているのを聴いているのである。動物と目が合った時に、何か自分を見透かされているように思うのは、もちろん自分の中に見透かされては困るようなことがあるからだろうが、それ以外にも、その子達の瞳が誤作動なく人の営みを監視しているからではないか。僕は大学入学後すぐ学校に行かなくなった。大学生活はそれまでの中学や高校のように先生や親にいちいち監視されてない新鮮なものだった。誰からも何も言われないのをいいことに「今日も行かなくていいや」ってことにしてしまった。結果的にそれが、じゃあ何のために大学入ったの?⇒大学で勉強することが自分の一番やりたいことなの?⇒自分の一番やりたいことは音楽、というふうに運良くつながっていったからよかったものの(よかったのか?)、そもそも僕のような小心な人間は、どこかで誰かが見てると常に思う過ごし方のほうが、健全なんだろう。まあそんなふうに極端に思ってしまうのもやっぱり自分にある程度の呵責があるゆえに、なんですが。よくわからない話ですいません。








