エンターテイメントの風上
ちなみに僕は森山良子さんの歌がとても好きです。と最初に強く断っておくけど、こないだ森山良子さんがラジオで言ってた話。ステージドリンクとか何かを飲んでいる姿をステージ上で見せることがとても許せないのだそうだ。素の自分を舞台で見せてしまうことが嫌なのだそうだ。エンターテイメントではないのだと。とても納得できる話だったけど、当然ながら自分の身に置き換えて考えてみると、それはもう恥ずかしい話で、僕なんてのはエンターテイメントの風上にも(風下だっけ?)置けない最低な男になってしまうのであります。誰も僕にエンターテイメントを望んでないとは思うけど。
僕も同様に自分のステージにそういった意味でのエンターテイメントを求めていません。求めてないというか、そこまで深く考えてなかったなーという程度か。そうか、ステージ上でドリンク飲んでる姿を見ちゃうと興醒めするって人もそりゃいるかもなーというくらいか。だからやはり向いていないんだね、そういうのが。代わりにといっては何ですが、僕が気をつけてるのは普段通りってこと。あ、やっぱり真逆か。さっきまで自分の部屋にいたかのようにさっとステージに上がって、思いついたことをしゃべりながら、歌を歌っていく。シンガーソングライターという言葉がアメリカで初めて産まれた頃の、ジェイムス・テイラーやジョニ・ミッチェルのステージのように、あまり飾りつけず、歌を歌って、その夜を楽しむ。明日になったらまた仕事だけど、また来るからね、じゃあといってステージを降りる。言葉にすると陳腐になるけど、何かそんなような理想の空間像なら僕も少しは持ってます。そこでやっていけないことは特になく、来るもの拒まず、去る者追わず。公園のベンチでだって、数万人規模のスタジアムだって、同じように歌を歌えるというのが、まあ理想と言えばそうなんですが、こんなふうに考えるのは僕があまり大きい場所で歌ったことがないからかもしれません。どんなに大きい会場でも同じように俺は歌えるのか?という自問をいつもしてる気がします。
ジェームス・テイラーやジョニ・ミッチェルと同じように、キャロル・キングもまた自然体が素晴らしいミュージシャンでした。今もまあそうだとは思うんですが、今度のスマップスマップに出るらしいです。TVのチカラを借りなければ、何事かを成せないしくみって不自然だし、貧弱だと思う。飾り物だけの世界で、キャロル・キングの飾らない歌がどう響くのか、見たくないような見たいような…やっぱり見るかな。五輪真弓さんと「少女」を共演して欲しいなー。





